子どものころ,わが家には漬物屋のおじさんが漬け物を仕込みに来ていた。
白菜を切って塩をまぶしながら大きな漬物樽に仕込み,それが終わったら,今度は大根を黄色い色粉にまぶしながら別の樽に仕込む。
1回で何樽かの種類の違う漬け物を仕込んで帰ったように思う。
今のように,小分けされた袋詰めの漬け物が店頭に並んでいた時代ではなかった。
そうやって漬けられた漬け物が,台所の土間の物置から小出しにされて食卓に並ぶのである。
祖父が「今回のは美味く漬かってる」とか「今回のは塩がきつい」とか言いながら漬け物を食べていた。
わが家に来ていた漬物屋のおじさんは,両手の指が数本欠けていた。
今思えば,若い頃何かの作業中に失ったのかも知れないし,もしかすると戦争で失ったのかも知れない。
子どものころは,この欠けた指にこそ美味しい漬け物を漬ける秘訣が隠されているのだろうと思いながら,仕込みをするおじさんの手許をまじまじと見ていたという記憶がある。
漬け物を漬けることを生業としている人を見なくなって久しい。
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