「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と母が教えてくれたことがあった。
桜が美しいのはそのためだというのだ。
今思えば、梶井基次郎か誰かの受け売りだったのだと思うが、子供の頃私はそれを信じていた。
私の故郷の川の堤は、春になると桜で埋め尽くされた。土手に桜のトンネルが出来るのである。
たくさんの花見客で賑わい、何軒かの屋台も出た。
夕方、薄暗くなった土手を帰っていると、母が言ったことを思い出した。
桜の樹の下に屍体が埋まっているとするならば、もうそこは「墓場」同然だった。
夕闇に紛れて何か得体の知れない物に取り憑かれるような気がして、全速力で走って帰ったものである。